大阪地方自治研究センター 櫻井 純理
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※論文全文をダウンロード→ 『オランダ地方自治体職場のワーク・ライフ・バランス』(PDF)
本稿では、オランダの地方自治体職場において、ワーク・ライフ・バランス(以下、WLBと表記)の実現に資する政策がどのように推進されているかに関し、特に(1)賃金の決定方法、(2)労働時間制度を中心に論じていく。前者については、公共サービスセクターの労働者を組織する労働組合ABVAKABOに対する聞き取り調査、後者についてはユトレヒト州政府に対する聞き取り調査で得られた情報をベースとしている。2つの調査は別時期に異なる目的で実施したもので、調査の焦点も異なっている。とはいえ、オランダにおけるWLB政策の特徴や意義を把握する上で、いずれからも貴重な示唆が得られるものと考えている。個別の論点ごとに、日本の地方自治体職場との比較をふまえて検討を加え、日本の自治体職場の改善にどのような示唆が得られるかを考察していきたい。
なお、本稿では「地方自治体」という用語を、オランダの場合は州(province)と基礎自治体(municipality)の総称、日本の場合には都道府県と市町村の総称として用いている。
本稿の直接のテーマに入る前に、オランダと日本の地方自治(制度)の違いについて言及しておく必要があるだろう。まず、オランダの地方自治体は国とともに分権的統一国家を構成しており、日本の地方自治体と同様、自治体固有の事業と国から委託された事業を遂行している。2010年2月末現在、オランダには12の州と441の基礎自治体が存在する(CBS:オランダ中央統計局のデータによる)。
もともとは連合州であったことから、かつては州が最重要の行政組織であったが、現在の役割は、国と基礎自治体の中間的な位置づけにあって、広域的な課題への取り組みに限定されている。州が主に責任を持つ所管業務は都市計画、環境、交通、治水政策の領域である。日本の地方自治制度では警察や教育も都道府県の担当事業に含まれているが、オランダの場合、警察は国と市町村、教育(公立学校)は市町村の管轄となっている。また、医療サービスの実際の給付はほとんど民間機関によって担われており(国立大学付属機関を除く)、医療コストの個人帰属予算を管理・調整する仕事なども市町村が担っている。公共サービスの給付において民間委託が進展するとともに、地方自治制度において基礎自治体への分権化が進められているという点で、日本と同様の動向が見られる。
オランダ全体で州に雇用されている者の総数は約13万人で、市町村の雇用者数は185万6000人である(いずれも2005年、CBSのデータ)。日本の場合、「福祉関係を除く一般行政」に携わる職員の人数は、都道府県が約18万7500人、市町村が約38万4400人である(2009年、総務省2009を参照)。また、日本の市町村職員数は福祉関係、教育、消防、公営企業等会計部門の合計で約131万2400人である。上に述べたような担当職務の相違以外にも、日本における公営企業・独立行政法人等での雇用、臨時・非常勤職員の雇用があることから、公務員数に関する比較には慎重な検討が必要である。とはいえ、オランダの総人口が1650万人弱(2009年)であることをふまえれば、広域自治体(州・都道府県)の一般行政に関わる職員の人数は、日本のほうがかなり少ないと見てさしつかえないだろう。
調査で訪れたユトレヒト州は、オランダの国土全体のなかで中心部に位置しており、鉄道・道路など交通の要所である。12州のなかで国土面積はもっとも小さいが、住民人口は約121万人(2009年1月1日現在)と5番目に多い。また、住民1人あたりのGDPは40315ユーロ(=約488万円、2007年)で、グローニンゲン州に次いで2番目の高さとなっている。
図1はユトレヒト州の組織構成を示したものである(Province Utrecht 2009に基づき作成)。執行機関(Gedeputeerde Staten)を構成するのは、知事(女王弁務官=Commissaris van de Koningin)1名、議員から選ばれた執行部委員(Gedeputeerden)6名、および事務総長(Provinciesecretaris)1名の合計8名である。議会(Proginciale Staten)は議長を務める知事を含めて47人で構成されている。この全体、すなわち知事を含めた執行機関と議会が、州政府の執行部にあたる。
職員の担当職務は政策部門、実施部門、サポート部門の3つに大別される。政策部門は州が管轄する領域の政策立案を行い、上述した都市計画や環境、交通、治水などに加え、経済・文化、法律などの各部門が設けられている。図1中央の実施部門とは、プロジェクトに対する補助金の支給や許認可業務、県道の工事管理、環境保護地帯の整備などの職務を行う部門である。そして、サポート部門は人事や情報などの間接部門である。州の場合は、日本の公務員制度で言えば一般行政職にあたるホワイトカラー職員が大半を占めている。職員の総数は2009年1月現在、876人(フルタイム換算では764.4人)である。
日本のWLB政策では、地方公共団体に対して、男女共同参画に関する計画の策定や次世代育成支援行動計画の策定を促している。男女共同参画計画の場合、都道府県には策定が義務づけられており、市町村には努力義務がある(男女共同参画社会基本法第14条)。また、次世代育成支援に関しては、次世代育成支援対策推進法が2003年に制定され(2008年改正)、その第8条および第9条で、市町村と都道府県は5年を1期とする行動計画を策定することが義務づけられた。
これに対して、オランダの州がWLB政策の推進に関して求められている役割は、都道府県に比べ限定的なものに留まる。オランダではWLB政策の立案や情報提供などの推進政策は国の責務となっていて、具体的な政策の実施は基礎自治体の役割とされている。たとえば、託児所の監督や託児費用の給付事務・給付の上乗せなどは、基礎自治体の事務である。州が責任を負うのは、職員の労働条件の改善などを通したWLBの改善という点に限られる。そこで、以下では州職員の賃金制度や労働条件という観点に即して、検討を進めていきたい。
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